日々雑感っ(気概だけ…)on Hatena Blog

思ったこと、思っていること。読んだ本、観た映画、TV。聴いた音楽…。会社でのこと、家族のこと、自分のこと。日々のうつろいを定着させています。はてなダイアリー開始は2003年、2006年4月から毎日更新継続中。2017年6月8日「はてなblog」アカウント取得、2019年1月「はてなダイアリー」から正式移行しました。アクセスカウンター2019年01月26日まではpv(2310365)です。

ちょっと実家に。


 昨日からTVは「あけましておめでとう」の連呼。喪中なのでそんな巷間に関係なく通常進行しています。昨日から今日にかけては四十九日の準備で実家にちょっとだけ帰りました。電車で2時間ちょっとを遠いとみるか近いとみるかは微妙。まぁ飛行機とか使わないで良いのは経済的にはうれしいけど。
 四十九日は2月1日。もう1ヶ月もない。自分的には家族のみでやりたいのに地域的にはゆるされないらしく、親兄弟親戚(これがまた両親とも兄弟が多い)と、所謂"向こう三軒両隣"まで声を掛けないといけない。しかもこの歳になると一人で行動できる人も少なく何名かはペアになる。納骨の後のお食事会の人数を確定するのがまた面倒な仕事です。とりあえず、日程を記した呼び状を葬儀屋さんに作成してもらったのが出来上がっていたので母親に送る人と手渡しする人を確認して送る人について宛名書きをしました。こんなことすらも母親一人ではできず姉貴と分担して事に当たらねばならない。うーむ、子のない家は大変だね。

 
 それにしても物の多い家です。戦前戦中生まれの両親は、戦後の物のない時代を経験しているからか、とにかく物が捨てられない。あらゆるものがもったいないの一言で積み重なっていく。さすがに父親の亡骸を寝せた布団は粗大ゴミで集積場に持っていったらしい。つまり物を捨てる時というのは、心的意味で”穢れたもの”か、補修しても使えなくなったものということらしい。ある意味日本人のあるべき姿なのかもしれませんが、戦後は、使い捨てを基本にものづくりされていて、正直補修して使うもの、使えるもの、また、使い回しが聞くものというのはどんどん少なくなっているような気がします。そんな中で古い価値観で生活をしていれば、当然物は溜まっていきます。更に妙なクラフト関係、旅行先で買ったお土産物の人形類、これらが"思い出"の名のもとにあちこちに飾られています。誰かから貰った旅行土産に至っては自分としては何の思い入れもないのに"貰った物をぞんざいに扱ってはいけない"ということで、いろんなところに鎮座ましましている。せっかく部屋がいっぱいあるのに、立派な床柱のある和室はタンス部屋に、私の部屋は使わなくなったもの入れになっている状態は決してよくない。


 正直亡くなった父親の物はもう誰も使わないんだし、捨ててしまえという気持ちでいっぱいですけど、いきなりいろんなものを片付けるのは母親の気持ちを考えると良くないと思いますので、しばらくは周辺、特に残ってる自分の物を片付けるようにして徐々に実家の片付けをして行こうと思います。