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「八甲田山」を観る。


 1977年・制作:橋本プロダクション・東宝映画・シナノ企画 監督:森谷司郎

 
 昨日の雪、まるで「八甲田山みたい」と思って引っ張り出してきて観ました。
 2時間48分と大作ですが長さを感じない名作です。公開当時に映画館で観てます。大ヒットだったんですよね。


 明治35年、日露のきな臭い雰囲気が蔓延している日本。陸軍弘前第8歩兵師団では、ロシアとの戦争準備として雪中行軍演習を行う事を決定。青森5連隊の神田大尉(北大路欣也)、弘前31連隊の徳島大尉(高倉健)がこの会議に出席、師団長から「冬の八甲田を歩いてみたいとを思わんかね?」と問われる。…いやいや、地元の物でも足を踏み入れたら帰ってこられないといわれていた冬の八甲田山、誰も行きたくないでしょ(^-^;)。といえないのが軍隊。「充分な準備をして臨みたいと思います」というのが精一杯。というわけで演習実施が決定。会議後、雪山経験のないと津村中佐(小林桂樹)31連隊の児島大佐(丹波鉄郎)は、雪の八甲田山中ですれ違う提案をする。この一言が神田、徳島を苦しめることになる。


 行軍演習を立案する為に過去雪中行軍を経験している徳島大尉教えを乞う神田。お互いに友情が生まれ、「次に逢うときは雪の八甲田で」と約束をする。
 徳島大尉は弘前から八甲田に向かう。青森5連隊と"すれ違う"為には、南側から入山する道しかない。遠回りの行程は10泊11日。一方の5連隊は、北側から2泊3日の行程を組む。編成は、31連隊は30名以下の小隊以下の数に対し、5連隊は200名を超す中隊規模。しかも中に大隊本部から山田少佐以下7名が随行。本来指揮すべき神田大尉の上部組織が同行することで5連隊の指揮系統が混乱することに。
 結果的に、青森5連隊は雪の八甲田で道に迷い210名中199人が死亡。31連隊はほぼ無傷で行軍演習を終了した。


 元ネタは実際にあった事件ですが、この「ただ雪の中を歩く」映画が何故大ヒットし、いまだに組織論のテキストとなっているのかは、まず観ていない人は是非観て欲しいと思います。

 
 映画は、事実に一部脚色されており、新田二郎の原作(八甲田山死の彷徨)とも異なっています。しかしながら、雪の恐怖は十二分に表現されていましたし、幼いながら「自分はどう生きるべきか」考えるきっかけになった映画でもあります。


 31連隊の成功の要因の一つとして、山をよく知る民間人に先導してもらったという描写があります。雪山を先導してくれた女性(秋吉久美子)を、無事山を越えた時、後ろに下がるよう部下に促された徳島大尉はそれを制しそのまま女性の先導で村に入っていく。そして彼女との別れ際全員で敬礼で見送る。ここは涙が出るほどよいシーンです。



 繰り返しますが、ちょっと長いけど是非観て欲しい日本映画の名作です。
 超お勧め。

 

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