私が小学生の頃は、「ノストラダムスの大予言」の大流行でした。
16世紀の占星術師ノストラダムスが刊行した『予言集』(百詩篇)のうち、第10巻72番の詩
「1999年7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。」
これが世の中の不況、厭世感と相まって小学生にまで知られるようになった。、1973年に祥伝社NONBOOKSで発行された五島勉『ノストラダムスの大予言』は大ベストセラーに。更に東宝で映画化されましたが、核戦争後の人類が醜い食人族になるという描写が問題となり日本ではソフト化されませんでした(海外版はあり)。
「1999年かー。俺、34歳だなー。34歳で死ぬのかー」と思ってましたが、1999年7月は何事もなく過ぎ、今年26年が経ちました。結婚もして子どもも2人授かりもうすぐ定年を迎える。
あの予言は何だったのか。ノストラダムスがいなければ人生変わってたかも。
あと、1982年には元気象庁職員の相楽正俊の著した「富士山大爆発 - 運命の1983年9月X日!」が大ベストセラーに。これも結局騒ぐだけ騒いで実際には起きなかった。
「どうせ来年死ぬなら面白おかしく生きてやる」というほど、肝が据わっておらず、1983年9月は、見事に受験失敗して予備校に通ってました。
かように私達の世代は予言に振り回された世代で、今更、空から槍が降ろうと、空飛ぶ円盤の大群が来ようと、大怪獣が現れようと、「そういうこともあるかもね」位にしか思わなくなりました。
実際に被災者になっていないからそんな能天気な事を言ってられるんだと思います。一瞬のうちに家族や友人が波に呑まれ、劫火に焼かれるなんて経験をしたら、「あの時予言を信じていれば…」なんて思うかもしれませんが、幸いなことにそういう経験もせず今や還暦。
人生どんなに足掻いてもなるようにしかなりません。非常用食料を備蓄しろとか言われますが、いいんです。強奪とかされても嫌だし。
やりたいことは多少ありますし大変残念ですが、それが運命なら従容として受け入れる。
人の食べ物を奪ったり、混乱に乗じて人でなしになるよりはよいのです。
生への執着一切なしです。
