日々雑感っ(気概だけ…)on Hatena Blog

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安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから

今日、8月6日は、広島原爆投下から80年目になる。

平和公園の慰霊碑に書かれている「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」
この碑文は広島市長から依頼を受け広島大学の雑賀忠義教授が起草したものだそう。

この碑文の「主語」を巡って論争が起きたことがあり、教授は「私たち(全世界の人々)」が主語だということが教授の別の資料で明らかになったそう。

しかし、原爆で亡くなった人々の慰霊碑は原爆を落とした張本人のアメリカ人。
もし被爆者への慰霊というのであれば、アメリカ人が慰霊碑を建立して書かれたものであれば、素直に受け止めることはできるけど、日本人が建てた=私たちであると、あたかも原爆で死んだ人々は日本人が悪かったから、反省の意味を込めて碑文を刻んだということになってしまう。

原爆を落としたアメリカは、悪いのは事前通告もなくパールハーバーを奇襲し戦争を仕掛けた日本で、原子爆弾はいつまでも戦争を続ける日本に最後の決断をさせる為に新型爆弾を広島、長崎の軍関係施設ではなく市街地に2個も落とした。これをきっかけに日本は戦争終結に動き出した、ということになってます。でもアメリカは真珠湾攻撃を事前に察知していたし、米国日本大使館から宣戦布告を伝えるのがほんの少し遅れただけ(これも参戦の理由とする為、奇襲の事実が欲しかったアメリカの策略、という話しもある)。

「原爆投下は正しかった」といまだに国として反省していないアメリカ。
原爆の投下はプルトニウム型、ウラン型の原子爆弾の実験場として使われたのであって、そもそも日本に戦争継続をする力も残っていなかったのはアメリカもわかっていたのに、それでも原子爆弾を落とし、それを戦後80年経っても正当化するのは戦後生まれの私でも許しがたい。

終戦を迎え、自由主義アメリカが進駐したのは結果的には良かったんでしょう。ソビエトとの分割統治なんてことになったら、今の繁栄はない。
だいたいソビエトは、終戦の詔で帝国陸海軍が武装解除してからも進軍を続け、まんまと樺太北方領土を取られ、しかも北方4島については返そうともしない盗人です。
それはまた別のお話。

百歩譲って、戦争=過ちということであれば、戦後、帝国陸海軍を解体し、大日本帝国憲法から戦争の放棄を謳った日本国憲法となったものの、時世から進駐したアメリGHQから1950年に警察予備隊という準軍事組織を作らされ、その2年後自衛隊に改組、明らかに”軍隊”が復活した。ミサイル、戦車、戦闘機これらを持ちながら、戦争を放棄するという矛盾は、専守防衛の4文字を掲げ、侵略戦争はしないを旨としている。
侵略戦争だろうが、防衛戦争だろうが、人は死ぬ。戦争=過ちというのであれば、今の体制は碑文に沿ったものではない。

しかも、核兵器を持たないものの、日米同盟として核の傘の下にあることは、核兵器を持っているのと同義じゃないのか。
自国の平和は自国で守る。米軍の駐留を許して、自国の防衛を他国に委ねる。それができたから経済復興に全振りできたというが、これもまた詭弁じゃないかなと思う。

あと20年で戦後100年。
原爆投下からちょうど100年の節目で、アメリカからちゃんと謝ってもらいたい。別に補償が欲しいとか某国のようなことは日本人はいわないから。
私も生きてないだろうけどね。

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