ガッツ石松さん、肺炎のため死去 76歳 プロボクサーからタレントに転身「幸せな一生であったと確信しております」 所属事務所が公表【全文】
6/11(木) 15:18配信・ORICON NewS inc.
元プロボクサーでタレントのガッツ石松(本名・鈴木有二)さんが2日、肺炎のため死去した。76歳。11日、所属事務所のガッツエンタープライズがオリコンニュースの取材に答えた。お別れの会は現時点では未定だという。
同社は「訃報」と題した書面を公表し、「弊社ガッツ石松が令和8年6月2日(76歳)、肺炎のため都内病院にて永眠いたしました。ここに生前賜りましたご厚情に対し心よりお礼申し上げますとともに、ご報告いたします」と報告。葬儀については遺族の意向により、近親者のみで執り行われたといい「皆様へのご報告がこの時期になりましたことをお許しください。尚、誠に勝手ではございますが、ご供花、ご供物、につきましては謹んでご辞退させていただきます」と伝えた。
続けて「多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確信しております。故人に代わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心より深く感謝申し上げます。ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。OK牧場!」とつづった。
ガッツさんは1949年栃木県生まれ。66年、プロボクシングデビューした。74年には、WBC世界ライト級チャンピオンに(連続5度防衛)。全成績は51戦31勝(17KO)14敗6分。78年3月に引退後、芸能界に転身。タレント、俳優として活躍した。
■以下、事務所の報告全文
弊社ガッツ石松が令和8年6月2日(76歳)、肺炎のため都内病院にて永眠いたしました。ここに生前賜りましたご厚情に対し心よりお礼申し上げますとともに、ご報告いたします。
葬儀につきましては故人および遺族の強い意向により近親者のみで執り行い、皆様へのご報告がこの時期になりましたことをお許しください。
尚、誠に勝手ではございますが、ご供花、ご供物、につきましては謹んでご辞退させていただきます。
お別れの会等につきましては現時点では未定とさせて頂きます。今後お知らせすべき事項がございましたら改めてご案内申し上げます。
多くの皆様に愛されたことは、本人にとって最大の誇りであり幸せな一生であったと確信しております。故人に代わりまして、これまで温かく支えてくださった皆様に心より深く感謝申し上げます。
ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想い出していただければ幸いです。
OK牧場!
令和8年6月11日
株式会社ガッツエンタープライズ
社員一同
1974年4月にチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)を8回KOしてWBC世界ライト級王座に付き、その後5回の防衛を果たすが、1976年5月、6度目の防衛戦でエステバン・デ・ヘスス(プエルトリコ)に15回判定で敗れ王座から陥落。
当時タイトル戦などは15ラウンド制。つまり判定まで持ち込むには15回戦わないといけない。現在12ラウンド制になったのは様々な理由はあるものの、一番は選手の負担を軽くする為。
15ラウンド制の時は試合後選手の死亡も多かった。
「あしたのジョー」も15ラウンド制時代のお話。
本来なら上の階級で戦う選手が、下の階級まで体重を絞る減量で体調も完全ではない状態での試合なわけですから、ボクサーは3ラウンド減ったとしてもまさに命がけです。
だいたい鼻の骨が最初につぶれるから折れるみんな鼻が低い。
耳も多くのパンチを受けて変形してしまう。
矢吹丈やカーロス・リベラの罹った度重なる頭部への打撃により「パンチドランカー」(脳がダメージを受け、認知機能の低下や人格の変化、言語障害などを引き起こす神経変性疾患)になってしまったり、網膜剥離もボクサーの職業病。いずれも引退後の生活に支障が出ます。
そんな中でもガッツ石松や輪島功一は引退後もお店をやったり、ガッツは1974年引退直後からTVドラマ、映画に出演。スピルバーグ監督作「太陽の帝国」、リドリースコット監督「ブラックレイン」等ハリウッド映画にも出演し大成功する。TVでも「北の国から」や「おしん」NHK大河ドラマも3作(おんな太閤記、いのち、春日局)出演。
もっともある意味、笠智衆の域かもしれないけど「何をやってもガッツ石松」で…(^^;)。
ただ俳優ガッツ石松のある種の凄みはどんなドラマであっても抜けることはない。同じ画面にいる主人公やどんなに強そうな男がいても、栃木弁丸出しの田舎者を隠そうともしない男が間違いなく強い。そういう凄みが消えない。監督にとっては画面に締まりを与える重要な役者であったと思う。
バラエティ番組でおちゃらけていても元ボクサーは舐められない。具志堅用高さん輪島功一さんなどのあの15ラウンド時代を生き抜いてきたボクサーはしれ以降のボクサーとは性根が違います。
元ボクサーといえば1985年に44歳という若さで亡くなったたこ八郎も元日本フライ級チャンピオン。最終戦績34勝(11KO)8敗1分と無茶苦茶強い。
現役引退が自分の生まれる前(1964年4月)なので、私が知っているたこちゃんはコメディアン由利徹の弟子になって芸能界に入ってから。
ボクサー時代のインファイト形が災いして引退時にはパンチドランカー症状が出ていた。
それを逆手に取り、コメディアンとしてまた役者としても愛されるキャラクターでした。
名作「幸せの黄色いハンカチ」で武田鉄矢に絡むチンピラ役ではいつものたこちゃんと思えぬ素早いパンチで、「あ、この人じつは凄い人だった」と思わせられました。
享年76は決して長生きとは思いませんが、あの過酷な世界で生き抜いて、俳優に転身しても大成功を納めたガッツ石松さんは不世出のボクサーであり役者でした。
ご冥福をお祈りいたします。
