昨日BSでやっていた「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」のシリーズ「泥の河」(1981年・小栗康平監督)を録画していたものを観る。
4月から始まったこのシリーズ、前半の50本は、「家族」をテーマにした作品群。
昭和31年、「もはや戦後ではない」と経済白書で謳われたこの年、大阪の川べりでうどん屋を経営する夫妻(田村高廣・藤田弓子)とその子信雄。ある日、店の反対側の岸に宿船が接岸しているのを見る。そこには同い年の喜一とお姉さん、それとお母さんが住んでいた。宿舟というのは、住む為の舟。陸に家のない貧しい人が住んでいる舟。父親が亡くなってから生計を立てる為、舟の前後を仕切り、母親(加賀まりこ)は前側で男と寝る"廓舟(くるわぶね)"をしていた。
全編モノクロの映画です。かたや「もはや戦後ではない」という高度経済成長期のどんどん所得が増えていく人々とそれに乗り遅れた人々のこの時代のコントラストを表現しているのか。ある日、下校の時にTVのある裕福な家の少年が信雄を誘う。喜一は学校に通っておらず、学校の砂場で信雄の帰りを待っていた。信雄は「TVを観に行くなら喜一も一緒につれていっていいか?」というが、裕福な家の少年は、じゃ来なくていいといって拒否する。
11歳のお姉ちゃんはとても行儀のよい可愛い子。ある日、信雄の家に行くと、信雄のお母さんからワンピースをプレゼントされる。着替えて、はにかみながら、みんなの前に出てくるお姉ちゃん。でも帰り際、元々着てた汚れた服に着替え、ワンピースをきれいに畳んで返す。また別の日、信雄のお母さんと一緒にお風呂に入った時に楽しそうに笑う。それを聴いた喜一は「お姉ちゃんが笑ってる…」と呟く。
切ない物語でした。
しかしね、午前中からこんな作品を観ちゃって、どよーんとした気分になり、もう、何もやる気が無くなってしまったのはまずかった。せっかく持ち帰った仕事もほとんど手につかず、2人の子供は幸せになったんだろうか…と考える事としばし。