久しぶりに短歌で魂が震えた。歌人の萩原慎一郎(はぎはらしんいちろう)さんの第1歌集。そして遺作です。昨年この歌集を上梓が決まった直後32歳の若さで自死されました。
口語短歌というのをはじめて知ったのは、俵万智の「サラダ記念日」でした。1987年ですから、今から31年も前になります。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
「嫁さんになれよ」だなんて缶チューハイ二本で言ってしまっていいの
「寒いね」とは話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
制限は三十一文字、しかもそれさえも崩して構わない。短歌といえば万葉古今新古今、明治の正岡子規とか、教科書の中にある煤けた文学でしかなかったものが、一気に自分の心情をビビットに表現されているのに驚きを禁じえませんでした。
先日TVでこの本が取り上げられていて見るともなく見ていて、すると詠まれる歌のすべてがこころの奥に入り込んできて、気が付いたら鼻の奥がつーんと(わさびじゃないw)なってました。
前途洋々で入学した第1志望の私立中高一貫校。大好きな野球部に入り、これから勉強に運動に楽しい学校生活が始まるはずがいじめにあい、あんなに好きだった野球部も、あまりのいじめに耐えきれなくなり退部。そして高校2年で短歌に出会い、それから32歳になるまでの15年間、ずっと短歌を詠み続けました。
辛い学生時代を抜け出して早稲田大学通信課程を卒業した後、27歳で非正規の仕事に就きます。非正規の現状は辛く苦しいものがあり、正社員との間にある途方もない格差と差別を感じます。自らの望む仕事ができない悔しさ。結局実ることはありませんでしたが、恋もしました。
そういった辛い現状を赤裸々に歌にしていきます。
自分の事ばかりではなく、社会にも目を向けて歌を詠みつつ、仕事も非正規から(望んだ仕事ではなかったようですが)正規雇用にもなったようです。
生きていると辛い事が沢山、それこそ"山"のようにあります。そんな中で自分の感情の発露として詠まれた歌はまるでナイフのように胸に刺さってきます。
一方で、とても優しい目で同じような境遇の人たちについてや、世の中の不条理をリアルタイムで歌にしていきます。
色々と書いてあるのだ 看護師のあなたの腕はメモ帳なのだ
きみのため用意されたる滑走路君は翼を手にすればいい
ぼくたちは他者を完全否定する権利などなく ナイフで刺すな
「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣な眼差しがいい
消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ
今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ
コピー用紙補充しながらこのままで終わるわけにはいかぬ人生
数々の賞を受賞しまさにこれからという時に自死を選ばなければならなかったのか。残念でなりません。
何を言っても亡くなった人は戻ってきません。
魂を込めて一冊の歌集を残した。折に触れて大切に読んでいきたいと思います。
- 作者: 萩原慎一郎
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/12/26
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