日々雑感っ(気概だけ…)on Hatena Blog

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お天道様が見ている。

 津波によって流された金庫が、5700個発見、回収されていました。保管場所に事欠くことから警察庁は、3県警に金庫を開けることを許可。ドリルなどで開けた結果、ほとんどの金庫に預金通帳、有価証券、不動産の権利証などが入っていた為、所有者の特定につながり、総額23億6700万円、返還率は96%に上るとのこと。


 震災直後も、整然と列を作りコンビニのレジや配給に並ぶ姿が海外にも紹介され、日本人の高い倫理性に驚かれていました。勿論、すべての日本人が善人ではないと思うけど、この96%の人に金庫が返されたというのは、やはり称賛される話なのでしょう。
 大体、火事場泥棒ほど卑しいものはないという教えは、海外にはないんだろうか。人の見ていないところなら、何をしてもよいとか、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的な考えって、少なくとも古い世代にはあまりない。世代間の問題ではないと反論する若い人もいると思う。でも。私たちの幼い頃は、普通に「おてんとさまが見ている」というのが怒られる時の決まり文句だった。「罰(ばち)が当たる」なんていい方も。最近は、私も子供たちを怒る時に使うことはなくなったこの言葉は、もしかすると、最高の道徳観念を植え付ける言葉なのかも知れない。
 リアルな人に怒られる、咎められることは、単にその人だけの怒りを買うこと。でもお天道様に怒られるってことは、即倫理観を否定されること。ほんとにお天道様に怒られることかどうかは分からないけど、少なくとも、その行為は人の道に外れてことであるという認識は幼い頭でもわかる。唯物論が蔓延した現代では、「お天道様ってなんだよ」「そんなものあるわけないじゃん」と一言の下に否定されてしまうものかもしんないけど、私は思うのです。「それでもお天道様は見ている」と。
 結局、お天道様って、自分の倫理観との戦いであり、お天道様は常に自分の中にあるものなんだと思う。敵は周りにたくさんいて、いつ侵略されてもおかしくない大陸に住む人々と違い、仮想敵という歴史がほとんどない島国日本では、仮想敵は常に内在する自己との戦いだった。
 戦後、もっと遡れば明治維新に始まった欧米化は、良い面もあったと思う反面、精神面では、劣化の方向に向かってしまったのかもしれない。合理主義一辺倒で、善悪の判断基準までグローバル化していったことは、決して良いことではないんじゃないだろうか。


 今回のこのニュースは、「まだまだ日本も捨てたもんじゃない」と思わせてもらえる良いお話でした。願わくば、若い人たちや海外から日本に来ている人達にも明るいお天道様の光が届くといいなぁ。
 日本に来て悪いことばかりしている某国人、人の眼を気にせず自分さえよければいいという人、今は良いかもしれないけど必ず"ばち"があたるよ〜。「おてんとさまは見ているからねっ」