一人暮らしの母親のもとに様子見がてら新年のご挨拶に行ってきました。
昔から口うるさくて煩わしかったけど、どんなに歳を取ってもそれが変わらないから、一人になって少しでも優しくしてあげようと思っても、イライラが募るばかり。
出される料理ひとつひとつに「早く食べろ」「美味しいだろう」とコメントを求められ、手を付けなければ「なんでこんなに美味しいものを食べない、おまえはおかしい」と言いだす。お茶碗に山盛りにしてご飯を出され、出された以上なんとか食べたのに「お代わりをしない」といって「そんな少ししか食べないなんて!」と言われる。
帰りに色々なものを持たせようとするけど、正直いらないものばかり。父親の靴下とか、お餅とか別に持ち帰らなくても困らない。それを「もったいない」とか「高給取りはいいね」とか。「子供たちは一緒に行かなかったからお年玉はいらないよ」と言っていたのに用意してきて持って帰れという。仕方がないから有難く預かると、「お金だけは嵩張らないから持って帰るんだね」と。もう呆れて怒りを通り越しました。
夜寝る時もしつこいほどストーブを消せ、こたつの電源を抜けといって、やるといっても聞かず挙句の果てにこたつのプラグを抜いていってしまう。夜と言っても10時くらい。まだTV観ようと思っているのに全ては自分タイムで動く。
昔からそういうところがあって、口から出るのは近所の人の噂話、悪口ばかりで聞いていて嫌な気分になります。それも「そういう事は言わない方がいい」と言っても延々繰り返す。昔の小さいコミュニティでは近隣の噂話が一番の娯楽だったんでしょうが、もうそういう時代ではありません。
そういう老人ばかりではないでしょうが、特にうちの母親はいけません。昔から過干渉が嫌で嫌でたまりませんでしたが、いまだにその状況。もし自分が高校卒業後も親元にいたとしたら、いまだに結婚をしていないどころか、新聞沙汰になるようなことになっていたかも知れません。居心地のいい家は成長を阻害するので独立すべきだと思いますが、逆に干渉が過ぎる親元は、脱出をしないといけません。
親はいつまでも親、子はいつまでたっても子とはいいますが、子はいずれ親にならなければいけません。そうやって人類の歴史は紡がれていっています。ある時期が来たら、一人の人間として接すること、自分のエゴで手元においておいたり、居心地がいいからといって親元からいつまでも離れないというのはやっぱりいけないんじゃないかな、と思いましたとさ。