「鍵穴はどこにもなかった」
主人公の富井省三は、定年間近の公務員。3年前に妻に先立たれ、長男は結婚して別居、長女も出て行ったまま。鍵を持っていても鍵穴がなければ鍵を差すことすらできない。そして主人公の彷徨が始まる。
街を歩いていると乙と名乗る若い男が色々と親切にしてくれた。家に帰れない事情を話すとホテルまで紹介してくれた。しかし後でそのホテルに荷物を撮りに行くとホテルがあった形跡はない。そして幼い頃の記憶を頼りに大好きだった鎌倉の伯父の家に向かう。
「世にも奇妙な物語」のような、夢とも現ともつかないお話ですが、靴を引きずる様に歩いていたオヤジが、軽やかになっていくのが読んでいて心地よくなってきました。
途中、主人公が自分を分析してこんなことを言う。
どこからどう見てもおれはオヤジだ。しかしながら、オヤジと爺さんの境目というのは一体どこにあるのか。オヤジが何を乗り越えればじいさんになるのだろう。
きれいなオヤジというのは珍しいが、きれいなじいさんというのはそこかしこにいるものだ。女性にかわいいと慕われるじいさんもいる。昔の俳優なら笠智衆だな。適度に脱力していながらも人に迷惑をかけるほど弱ってはおらず、達観しているが面白みが感じられ、枯れている分だけ不潔感がなくて、毒があっても却ってそれが魅力だったりする―つまり、じいさんというのは気の利いた存在だ。
それに引き替えオヤジというのは気の利かない事この上ない。よかれと思って余計なことを言い、余計なことをするのがオヤジの身上と言ってもいい。頑固で傍若無人で怒りっぽくて、脂ぎっていてニンニクやホルモンや酒やタバコが大好きなのに陰では加齢臭を死ぬほど気にしていて、ひがみっぽくて卑屈で、威張っているくせに体力気力に自信がなくて、酒癖が悪くて酔っていなくてもしつこくて、だからみんなに嫌われる。全部が全部おれの事じゃないが、八割方は当たっているだろう。俺だってそれくらい自覚しているともさ。
もうね、まんまこの通りです。わたくしの気持ちそのまんまw
ただこういう嫌なオヤジにならないように気を付けるっていうのも大切なこと。
年齢的に近いオヤジもしくはオヤジ予備軍の方にお勧めの本です。
- 作者: 絲山秋子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/03/28
- メディア: 文庫
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