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「なぜ絵版師に頼まなかったのか」

なぜ絵版師に頼まなかったのか (光文社文庫)
北森 鴻著・光文社文庫

 明治初期を舞台にした連作短編。
 元年生まれの少年、葛城冬馬は、両親を相次いで亡くし曽祖父と松山で暮らしていたがその祖父もなくなり、横浜に住む叔父をたより上京、奉公先として叔父が探してくれたのは東京大学で教鞭をとるドイツ人医師ベルツの給仕の仕事だった。
 主人公の冬馬少年と第1話で知り合った新聞記者の歌之丞(彼は各話冒頭で職業を変える毎に名前を変える変人)とともに、ベルツ先生が興味をもった帝都で起きる不可解な事件の謎解きをします。犯人を捕まえる、というよりもあくまでも好奇心を持たす為。
 明治初期、海外の知識を得るために沢山の外国人が招聘され海外の知識を日本に与えてくれました。ベルツ先生以外にも、大森貝塚を発見したモース、ナウマン象を発見したナウマン、日本美術を世界に紹介したフェノロサ、建築家のコンドルなどが登場、日本人も写真師の下岡蓮杖、「金色夜叉」作者の尾崎紅葉など、主人公(狂言回し)の2人を除いて主要人物はすべて実在した明治の人々というのも面白い。

 表題作の「なぜ絵版師に頼まなかったのか」。"絵版師"とは写真師のこと。横浜で殺された水夫が死ぬ直前に"なぜエバンスに頼まなかったのか"という言葉の聞き間違えだという事がわかり、真相に近付いていきます。
 
 江戸末期、一気に世界の標的となり、不平等な条約を結ばれされた日本は軍事国家に突き進む。その懸念は政治の中枢でも世界情勢を伝えるベルツ先生を含む多くの外国人も心配している。ベルツ先生の周りにいる外国人はみんな日本が大好き。江戸から明治新政府になり近代国家を歩み始めた日本を善き方向に導こうという気概に溢れていて好感が持てます。
 
 "軍靴の響き"がひたひた迫る明治初期から中期の雰囲気の中で、冬馬少年はベルツ先生の一番弟子となり今後どういった活躍をするのか。連作短編、1話完結なのですが今後が気になるところ。
 この物語が連載されたのが2006~07年。08年に上梓されその2年後、2010年10月に北森鴻さんは急逝。もう続きが書かれることはありません。
 残念。

 

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