葉山嘉樹著・kindle
パブリックドメインになっていますので、青空文庫でも無料で読めます。↓
https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html
中学の国語の教科書にも乗っている作品らしいので、知ってる人は多いのかな。
戦前のプロレタリア文学雑誌「文芸戦線」に 1926.1掲載。この年は大正最後の年。12月大正天皇が崩御されて12月25日から昭和が始まります。昭和元年は実質7日なんですね。
コンクリートミキサーにセメントを空ける仕事を毎日やっている主人公、松戸与三は、ある日セメント樽の中に小さな木箱が入っているのを見つける。頑丈に作られた木箱の中から出てきたのは1通の手紙だった。
与三は、仕事から帰ると、手紙を開けてみた。
手紙を書いたのは、セメント袋を縫う女工で、恋人が破砕機へ石を入れることを仕事にしていたが、ある日、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌まってしまい、仲間は助け出そうとしたけれど、水の中へ溺れぼれるように石の下へ恋人は沈んで行き、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石(!!)になって”セメント”になってしまった、ということが書かれていました。
そして、この樽の中のセメントは何に使われたか、セメントを使った月日と、くわしい場所と、どんな部分に使ったか手紙が欲しいと。
これが本当にあったことかどうかは分かりませんが、モデルとなった事件はあったようです。流石に平成も終わりの現代では、こんなことが起きたら大事件です。人命軽視の時代の現場労働者は大変ですが、今もブラック企業は確実にあって、ニュースになってたりしますから、形を変えても労働には楽しい事や達成感だけでなく、哀しい側面は間違いなくあります。
そんな哀しい話を聞いても、自分には自分の生活がある。主人公の与三には、6人の子供がおり、もうすぐ7人目も生まれる。少ないお給料で家族を食べさせないといけない。
なんともやるせない与三は、「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ぶち壊して見てえなあ」と怒鳴るが、女房は、そんな与三を叱咤する。
「へべれけになって暴れられて堪まるもんですか、子供たちをどうします」
女は強いね…(^_^;)。
物語の中はここで終わり、与三が手紙を書いたかは分かりません。
自分が与三の立場ならどうするだろう。
手紙の女性に「あなたの恋人はダムになった」と、手紙を書くだろうか。
ただこの時代であったら、日々の生活で精一杯で、わざわざ時間をかけて手紙を書くことはしないかもしれない。
"忙"(しい)という字は心を亡くすと書きます。日々の生活(労働)で1日が終わってしまうような生活は、他人を思いやることも、優しい言葉をかけてあげる余力もなくなります。
働く事は大切です。だけど、心を亡くす程仕事に打ち込んでも、死んでしまっては何のために働いているのかわからない。命はあっても、心に余裕がなくなって優しい気持ちを失ってしまうのも良くない。
どんなにやりたい仕事、やりたかった仕事でも限界を感じたら立ち止まってみることが大切。
収入の良さや地位や名誉や、そういうものは人生を豊かに過ごすための方便でしかないと思うのです。
掌編ですのですぐ読めます。お勧め。
- 作者: 葉山嘉樹
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