言葉は本来無機質なもの、意思疎通の道具なので、綺麗も汚いもないけど、相手に届く際に刃となってしまう言葉がある。昔から気を付けて言葉を発していて、そういえば、カミさんからも「見た目は別に好みってほどじゃないけど、言葉使いがきれい」なのが付き合うようになった理由の一つといわれたことがある。
考えもなしに言葉を発してしまう事は、本当にいけない事だと思うのですが、疲れていたり、他の事を考えていたりするとそういう気が回らなくて、つい簡単な言葉を選んでしまい、相手を傷つけてしまう。そういう時は口を開かなきゃいいのに…。
人は誰もが自分の正義を信じて疑わない。でもそうなんだろうか?ミスなんて誰にでも起こりうることだし、それをちゃんと注意・指摘していない方だって悪い。それを棚に上げてミスを論う(※)事をしても仕方がない。100%の過失というのはなくて、結局は歩み寄りがなければ問題解決にはならない。
立場の高低だけでミスを指摘されても、受け入れがたいと思う事はよくある。
自分が傷つけられている時、つい口をついて出てしまう他人を傷つける言葉。こころの中では「自分もこういう事を言われたから、自分が言ってもかまわない」となっているんでしょうが、これでは駄目です。自分が言われて嫌な気持ちになった言葉は、自分の口からは発しない。悪しき感情の連鎖は自分で切らないとね。
人間は残念ながらテレパシーがなくて、言葉を媒介に関係を構築することで社会を形成している。であれば、もう少し言葉の持つ"ちから"を意識してつかわないといけないと自戒した1日でした。。
※論う…「あげつらう(物事の理非、可否を論じ立てる。また、ささいな非などを取り立てて大げさに言う。「人の欠点をいちいち―・う」)」って、こういう風に書くということを初めて知った!評論とかの"論"ね。いや〜パソコン君、頭いいわw