今日は長崎に原子爆弾が投下された日。長崎では80年目の”夏”がやってきた。
たった1発の爆弾で死者7万人以上。しかも軍事施設を狙った爆撃ではなく民間人がいる事を知りながら市街地の中心に落とした。
アメリカ人にとって、アジア人、黄色人種など人間ではないと教えられているわけなので、民間人を標的にすることに何の躊躇いもない。複数の街が空襲を受け、その帰り道、残弾で列車は逃げる人を狙い発砲する。
日本軍にしても、日本人以外の外国人、中国人や進行していった南方の国々の現地人は利用すべきもので、命の重さは徹底的に軽い。その狂気は軍内部にもあり、徴兵して配属された新兵いじめ、反抗的な態度を取る階級が下の仲間でさえも徹底的に拳骨制裁を正当化していく。挙句の果てに、沖縄戦では守るべき民間人を徴用して軍人同様の規律を守らせ投降するなら死を選べと、集団自決をさせている。自分の事しか考えられなくなった敗残兵は、民間人から水を奪い、食べ物を奪い、薬を奪う。軍人としての体裁すら守れなくなっている。
まして敵であるアメリカ人なんて”鬼畜米英”といってこちらも相手を人間と思っていない。国際法であるハーグ条約(陸戦の法規慣例に関する条約)、ジュネーブ条約(戦時国際法としての傷病者及び捕虜の待遇改善のための国際条約)も守られず、平気で捕虜を殺したりしている。
九州大学米捕虜生体解剖事件(遠藤周作『海と毒薬』)、フィクションではありますが、上官の命令で捕虜を刺殺した理髪店主が戦後B級戦犯として逮捕され処刑される『私は貝になりたい』、関東軍防疫給水部(通称:731部隊、部隊長の名前を取って石井部隊ともいう)における中国人ロシア人捕虜に対する人体実験など、戦争になれば国際法規など何の役にも立たない。勝てば官軍、戦勝国であるアメリカは、極東国際
軍事裁判(東京裁判)でも一切裁かれることはなかった。東京裁判の不正義については上げればキリがない。要は、戦勝国が負けた日本を裁いたというだけ。元陸軍中将石原莞爾は、柳条湖事件に端を発する満州事変、日中戦争の指導者でありながら、東条英機との不仲を理由に戦犯扱いされず、どうしても東条有罪の証言が欲しいアメリカは、石原が療養中の山形まで出向き出張法廷を開く。石原は判事に「歴史をどこまでさかのぼって戦争責任を問うか」と尋ね、「およそ日清・日露戦争までさかのぼる」との回答に対し、「それなら、ペリーをあの世から連れてこい。もともと日本は鎖国していて、朝鮮も満洲も不要であった。日本に略奪的な帝国主義を教えたのはアメリカ等の国だ」と抗弁する。また、「今回の戦争で最も罪深い戦争犯罪者は誰だと思われますか?」と問われ、「アメリカ大統領トルーマンである。なんの罪もない民間人を原爆で殺しまくり、20万人も殺してそれが正義だといえるのか。」と熱弁。
勿論そんな石原の発言は取り上げられない。「勝った国が負けた国を裁く」形だけの裁判だというのはこれだけ見てもわかる。
No More HIROSHIMA、No More NAGASAKI、No More HIBAKUSYAという前に、互いに意味なく憎しみ合い殺し合う戦争を無くさないと、いつまた原爆が使われるかもわからない。
今もロシアはウクライナへの侵攻を止める気配はないし、パレスチナ・イスラエル紛争、スーダン紛争、ミャンマー内戦、アフガニスタン紛争、シリア内戦、イエメン内戦は続いており、台湾有事もいつ起こるかわからないし、日本だっていつ中国、ロシアに攻め込まれるかもしれない。
勝とうが負けようが、破壊と荒廃と哀しみしか生まない戦争こそしちゃいけないし、核廃絶の前に戦争を無くす、戦争をしない事を求める方が先だと思う。
でも、戦争で儲ける人がいるし、人を殺してでも権力を得たいという人がいる限り、人間には無理なんだよなぁ…。
