いや世の中いろいろあるんです。でも目を向けなければ、もしくは自分に災いが降りかからない、災いの中心にいないならば「なべて世は事もなし」ってことになる。それは幸せなこと。それでも悩みは深くいつもちょっとしたことでくよくよしてしまう。
ウクライナに住んでいるわけでもなく、コロナに罹ることもなくましてや重態になることもなく。文句を言いながらも給料遅配もない。体調悪いといいながら倒れ込むこともなく生活できている。それはやっぱり恵まれているわけで。
上田敏の訳詩集『海潮音』(1905年)に「春の朝」(はるのあした)という詩がある。
時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時(ななとき)、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
元詩は、イギリスの詩人ロバート・ブラウニング(Robert Browning)。
The year's at the spring
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hillside's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn:
God's in His heaven --
All's right with the world!
「人間の世界では色々と不幸なようだけど、天の視点から見ればそれは大したことじゃない。実はけっこう幸せなんじゃない?」みたいな感じですか。
アリンコの世界でももしかしたらいろいろあるのかもしれないけど、私達人間からすれば些末なこと。人間の世界も神様から見れば、ま、どうでもいいこと。生死に関わる災害でさえもそうなのだから、日々のいざこざなんて気に病むことはない。まして個人的な悩みなんてそんなに 気にすることじゃない。
神様を信じてはいないのだけど、そういう一歩高い視座を持つことは良いことかもしれません。
海を見てると、自分のちっぽけな悩みなんてどーでもよくなったりするのと同じ。
悩んでいる時間があれば、顔を上げてみる。
そしたら何か見えてくるものがあるかも。。