堺谷太一著・文春文庫版
新版と有りますが、中身は初出時と変わっていないらしいです。1976年にハードカバーが出、80年に文庫化。"第1時ベビーブーム"に生まれた4人の男の未来予測オムニバス小説。
第一話 予機待果
1980年代前半が舞台。成長が止まった電機メーカーがコンビニという新業態を始める話。
第二話 三日間の反乱
1980年代後半が舞台。中堅自動車会社の東京工場跡地売却をめぐる話。中間管理職が中心となって東京工場跡地売却を阻止しようと奔走する。
第三話 ミドル・バーゲンセール
1994年前後が舞台。終身雇用と年功序列が崩壊する状況下で銀行の中年管理職が他企業に出向させられる話。
第四話 民族の秋
1999年が舞台。高齢化による年金や医療などの社会保障制度危機の話。
今から38年も前に書かれている未来予測小説、第4話ですら既に過去ですが、意外と古さは感じません。執筆当時に予想されたガジェット、たとえばTV電話とか空飛ぶ車だとかを出さなかったことが勝因ではないかと思います。まさか携帯電話がこんなに普及するとかレコードが亡くなって全部CDになり、今はデータ販売が当たり前になるなんて想像つきませんでした。
当時のデータを基にした小説だから、阪神淡路大震災とかもない世界。ちょうどこの時期にあったバブルの成立と崩壊についても予測範囲外の出来事。しかし、「団塊の世代」の高齢化による社会のひずみについては、舞台に有る年代から多少のずれはあるもののほぼ的を射ています。
大量にいる団塊の世代たちは、各時代々々にムーブメントを作り、2014年の今日では、ほぼ皆さん退職されています。大量にいることで色々な苦労もしてきていると思います。しかし、
(以下時間がないので後で書きます。)
(つづき)
しかし、この団塊の世代、その上の戦前、戦中世代に比べて何か新しい事をしただろうか。年長者を非難するのはあまり気が進まないけど、イナゴの大量発生のように「消費」しか、してこなかったんじゃないかと思うのです。
戦後の高度経済成長は、団塊の世代の消費に掛かっていたのは間違いない。住宅、車、諸々の耐久消費財、観光…数え上げればきりがない。しかし、団塊の世代が退職した今、本来ならば、余った時間と手にした退職金で消費に回るはずの金が、先行きの不透明さから蓄財に向いていて、市場に金が回って行かない。かつて市場動向の担い手だったはずの団塊の世代が、お金を使わない。それ以下の世代は、日々の暮らしで精一杯で、バブルの時期みたいな後先考えない金の使い方はしない。就職や結婚すらままならない。
年長者を敬っていた自分たちが年長者になったら、敬われるどころか煙たがられる存在になっている。それを憤慨するのは勝手だけど、敬われるようなことをしてきたか振り返って欲しい。団塊の世代は「消費に狂奔し何も残さなかった世代」といっても過言ではない。その時代に生まれたのは自分の責任ではないから同情の余地はあるし。多いというだけで大変な世代で競争々々に追いまくられた事は事実でしょう。でも多いからこそ先の時代を見据えてみんな働いていればこんな時代にはならなかったはず。
核家族化が進んだ結果、地方には独居老人が増え、そこかしこで孤独死している。親を大切にしなかったのに自分たちを大切にしろとは口が裂けても言えないはず。こんなにも少子高齢化が進み、このままでは日本そのものの未来が危ない。そのムーブメントを止められるのは、あの時代の団塊の世代だったはず。おそらく、団塊の世代の隆盛と共に日本は富みましたが、彼らの死とともに、日本は緩やかな死を迎えるのかもしれません。
そうならない為に私たち世代が頑張らないといけないし、そういうことに気づいた若い人が一緒に頑張っていって欲しいと思います。
団塊の世代には、とにかく敬愛する諸先輩を見習って「口は出さずに金を出す」を実践して欲しいです。
今でも十分面白い。SFとしてはチープですがw
- 作者: 堺屋太一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/04
- メディア: 文庫
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